カラカウア通りのあの角、90年で名物店5軒 ― ハードロックカフェの跡地と、残った「ALOHA」の壁画


カラカウア通りとカピオラニ通りがぶつかる交差点、そのワイキキ寄りにある三角形の土地には、1935年から数えて名前の知られたお店が5軒、入れ替わりで立ってきたそうです。ドライブイン、24時間営業のコーヒーショップ、ハードロックカフェ、コーヒー専門店、そして2026年の今のお店。ワイキキからアラワイ運河を渡ってすぐの場所で、私たちが滞在中にうろうろしている範囲のちょうど端っこにあたります。90年の移り変わりを、一枚の年表にして眺めてみました。

ニュースのあらまし

Aloha State Daily | Honolulu's restaurant corner

Aloha State Daily | Honolulu's restaurant corner

With its high traffic and visibility, the corner of Kapi‘olani Boulevard and Kalākaua Avenue has attracted a series of legendary eateries over the…

favicon
Aloha State Daily

アロハ・ステート・デイリーに、デソト・ブラウンさんという書き手によるハワイの歴史コラムが載っていました。取り上げられているのはカピオラニ通りとカラカウア通りの交差点にある、ワイキキ寄りの三角形の一区画。ここに1935年から順に入ってきたお店を、年代とあわせてたどっていく内容です。

コラムが名前を挙げているのは、この5軒です。

  • カウカウコーナー・ドライブイン(1935年〜1960年2月)
  • ココズ・コーヒーショップ(1960年9月〜1986年8月31日)
  • ハードロックカフェ(1987年7月〜2010年11月)
  • ホノルルコーヒーカンパニー(2015年9月〜)
  • チックフィレイ(2026年〜)

90年で5軒 ― あの角に立ってきたお店の年表

期間お店どんなお店だったか
1935年〜1960年2月カウカウコーナー・ドライブイン車で乗りつけて注文するドライブイン。1941年8月に建物を新築
1960年9月〜1986年8月ココズ・コーヒーショップ24時間営業、190席の大きなコーヒーハウス
1987年7月〜2010年11月ハードロックカフェ音楽をテーマにしたレストラン。閉店後ビーチウォークへ移転
2015年9月〜ホノルルコーヒーカンパニーコーヒー専門店。その後モイリイリのキング通りへ
2026年〜チックフィレイ座って食べられる形の店舗として開店

こうして並べてみると、最初の3軒はどれも23年から26年ほど続いています。同じ場所で四半世紀ずつ看板が替わってきた計算ですね。ただし2010年にハードロックカフェが出ていったあとは、ホノルルコーヒーカンパニーが入る2015年9月までのあいだに短い期間だけ入っていたお店がいくつかあったとのこと。ここ十数年は入れ替わりが早くなっているようです。

車で乗りつける店だった時代

いちばん最初のカウカウコーナーは1935年に始まり、そのときの従業員はたった2人だったそうです。それが1941年8月に建物を新しくしてからは、従業員40人、そのうち車まで料理を運ぶカーホップが11人、駐車は100台という規模になります。建設費は45,000ドル。外観には曲面のガラスブロックが使われ、ハワイの島々をかたどったネオンの看板が付いていました。

とりわけ有名だったのが、敷地に独立して立っていたネオンの看板です。上部には「Crossroads Of The Pacific(太平洋の交差点)」の文字が入り、支柱には各地の方角を指す木の矢印が並んで、そこまで何マイルあるかが書かれていたとのこと。2階はオーナーの事務所で、そこには違法のスロットマシンが置かれていた、という話まで出てきます。

もうひとつ驚いたのが、ハワイで最初のケンタッキーフライドチキンのフランチャイズ店がここだったということ。1958年3月に始まっていて、KFCがハワイで自前の建物を構えるより前の話だそうです。

カーホップが11人いて駐車が100台、という数字を見ると、当時のこの角がどれだけ車を前提にした場所だったかが伝わってきます。我が家はレンタカーを借りない派なので、車で乗りつけて座ったまま注文する、という食事の仕方には縁がありません。ただ、フライドチキンと冷えたビールの組み合わせは今も夕方の鉄板なので、ハワイで最初にケンタッキーが出てきた場所がここだった、というのはちょっと覚えておきたい話でした。

24時間開いていたコーヒーショップの26年

カウカウコーナーが1960年2月に閉じたあと、同じ年の9月に入ったのがココズ・コーヒーショップです。手がけたのはスペンスクリフという地元の会社で、当時は「ハワイでいちばん美しいコーヒーハウス」と紹介されていたそうです。

190席・24時間営業という規模

改装に8か月をかけ、席は190。しかも24時間営業で、家族連れから夜遊びの帰り客、地元の有名人まで幅広く集まっていたと書かれています。

24時間開いている店が街の真ん中にあった時代なんだなぁ、と思います。私たちは午後3時か4時には飲み始めていて、夜9時にはもう数杯入っている暮らしなので、深夜まで開いている店のありがたみを受け取る機会はほとんどありません。それでも、夜中でも座れる大きな店が一軒あるというのは、街としてはかなり心強かったんだろうな、と想像します。

外装をはがしたら、1941年の建物が出てきた

このお店でいちばん面白かったのが閉店後の話です。ココズは1986年8月31日に営業を終え、翌9月に解体が始まります。そこで急ごしらえのココズの外装の下から、1941年のカウカウコーナーの建物がそっくりそのまま出てきたのだそうです。

26年間ずっと「別の店」だと思われていた建物が、実は看板と外まわりだけ替えた同じ箱だった、ということですよね。中身を全部作り直すより、使えるものは使う。こういう話は嫌いではありません。

交差点に背を向けたハードロックカフェ

1987年7月、この場所にハードロックカフェが入ります。ここでコラムが指摘しているのが、建物の向きの話。それまでの2軒はどちらも賑やかな交差点に向かって大きく開いていたのに、ハードロックカフェは交差点に背を向けて建てられ、木や植え込みでその眺めを隠したのだそうです。

店内の目玉は、1959年のキャデラックを改造した展示。サーフボードを積んだ木目調の車のように仕立てた、実在しない仕様の一台だったと紹介されています。そして2010年11月にこの場所を離れ、ビーチウォークへ移転しました。

この移転先のお店には、私たちも行ったことがあります。ロックにはまるで縁がないので、自分たちが入るお店ではないと思い込んで長いことそのままにしていたのですが、ハンバーガーが美味しいと聞いて入ってみたら、これが当たりでした。そのときの話はこちらに書いています。冷えたIPAと名物のバーガーで、ザ・アメリカンな気分をひととおり味わえるお店です。

それにしても、あれだけ賑やかな交差点にわざわざ背を向けて、木で隠すように建てた、というのは思い切った判断ですね。前の2軒が半世紀にわたって通りへ大きく開いていたことを思うと、考え方がずいぶん変わったんだなぁと感じます。

お店は移っても、壁の「ALOHA」は残った

ハードロックカフェが去ったあと、その建物には短い期間だけのお店がいくつか入り、2015年9月にホノルルコーヒーカンパニーが開きます。ここでも建物はそのまま使われているわけで、1941年の箱がココズに化けた話とよく似ていますね。2018年にはカラカウア通りに面した壁へ「Aloha」の壁画が描かれました。

その後このお店はモイリイリのキング通りへ移っていますが、壁画のほうは今もそのまま残っている、とコラムには書かれています。お店の名前が変わっても絵だけ残る、というのはなんだか良い話ですね。

朝は部屋のキッチンでコーヒーを淹れてしまうので、コーヒー専門店に入る機会は我が家では多くありません。それでも、通りに面した大きな壁に絵を描いて、店がいなくなったあとも街に残っている、という関わり方はいいなぁと思います。

そして2026年、今そこにあるお店

コラムは、この場所のいちばん新しい入居者としてチックフィレイを挙げて終わります。原文では「sitdown-only restaurant」、つまり座って食べられる形の店舗として紹介されていました。

このお店ができたときのことは、以前ブログでも書きました。ワイキキの西の端からもう少し行ったあたりなので、毎日ふらっと寄れる距離ではありませんが、安くて美味しい茶色い食べものの買える場所が増えるのは、部屋で飲むことの多い我が家にはありがたい話です。ドライブインから始まった角に、90年経ってまたチキンの店が戻ってきた、という並びも面白いところですね。

場所は動かないのに、お店だけ入れ替わっていく

90年で、名の知れたお店が5軒。数えてみると、私たちがハワイに通うようになってからでも、この角では一度か二度は看板が替わっている計算になります。同じ場所を通っているつもりで、実は毎回ちがう店の前を歩いていたわけです。

建物ごと役目を終える場所もあれば、こんなふうに土地はそのままで中身だけ入れ替わっていく場所もあります。ワード・センターの閉店とテナントの移転先を調べたときにも思いましたが、消えたお店を数えるより、次に何が入ったかを追いかけたほうが、次の滞在はいくらか楽しくなります。

次にあの交差点を通ることがあったら、カラカウア通りに面した壁の「ALOHA」を探してみようと思います。90年前にここに立っていた看板が、太平洋の真ん中から世界のあちこちまでの距離を指していたことを思うと、たった一区画の話でも、思いのほか遠くまでつながっているように感じます。

スポンサーリンク

Share on

出不精夫婦

出不精夫婦

ハワイの最新ニュースやマイル攻略、お得なホテル情報を発信中。飛行機やホテル選びも、極力「疲れない」効率を重視した旅行スタイルを追求しています!

広告なしで読みたい方へ

note メンバーシップ「出不精夫婦のハワイ通信 余談つき版」にご加入いただくと、 本ブログと同じ記事を 広告なし + 記事ごとの 編集後記つき でお読みいただけます。 初月無料、月額220円でいつでも退会できます。

note メンバーシップを見る

人気記事

新着記事

あわせて読みたい